【1月18日】今日は何の日?【振袖火事の日】

記念日のあれこれ
嵐ねずみ
嵐ねずみ

こんにちは、伝説と伝承とかが好きな嵐ねずみです。

今日は1月18日、振袖火事の日らしいです。
僕はマンションに住んでいるんですが、いつも使うエレベーターには毎日『〇〇の日』というように、今日が何かしらの記念日だということを教えてくれます。
そして今日エレベーターから教えられたのが『振袖火事の日』だったというわけです。
この〇〇の日を毎日記事にしていったら面白いなーと思いいまに至りました。
どこまで続けられるかは分かりませんが毎日何かの記念日をエレベーターに教えてもらい、記事にして行けたらなと思います。

振袖火事の日とは

1657年1月18日、江戸の大半を焼いたとされる大火災、『明暦(めいれき)の大火』が発生しました。

江戸三大大火と言われる『明和の大火』、『文化の大火』、『明暦の大火』ですが、この三大大火のなかでも延焼面積、死者数ともに江戸時代最大といわれるのが『明暦の大火』です。

この明暦の大火は『振袖火事』とも呼ばれています。

振袖火事にはいくつもの言い伝えがあり、登場人物も様々です。

当時、裕福な質屋・遠州屋の娘に梅乃という17歳の少女がいました。
梅乃は本妙寺に母と墓参りに行った帰り、すれ違った寺の小姓らしき美少年に一目惚れしました。

寝ても覚めても彼のことが忘れることができず、いつしか食欲も失せ寝込んでしまいます。
両親は代わりにと彼が着ていたものと同じ柄の振袖を作り渡しました。

梅乃は振袖を彼と思い恋焦がれる日々でしたが、ついには病により亡くなります。
振袖は娘の形見ということで、棺にかけて本妙寺に持ち運ばれました。

その後、振袖は町娘・きの(16歳)の元に渡りますが、彼女は病によって亡くなります。
振袖は棺にかけられ本妙寺に持ち運ばれますが、その日は偶然にも梅乃の命日でした。

その後さらに町娘・いく(16歳)の元に渡ります。
この少女もほどなくして病で亡くなり、棺には振袖がかけられ本妙寺に運び込まれました。

これに本妙寺は因縁を感じ、住職は振袖は寺で焼き供養することにしました。

住職は読経と共に振袖を火の中に投げ込むと、にわかに突風が起き、裾に火のついた振袖は空に舞い上がりました。

振袖はそのまま寺の軒先に舞い落ち屋根に引火
この炎は風に煽られ瞬く間に江戸中を覆いつくす大炎となりました。

嵐ねずみ
嵐ねずみ

この話は本妙寺失火説とも言われています。

この他にも江戸の都市改造を実行するため、幕府が放火したとする『幕府放火説』。

本当の火元は老中の屋敷であり、露見すると幕府の威信が失墜してしまうため、幕府の要請で屋敷に隣接する本妙寺が火元ということに要請した『本妙寺火元引受説』があります。

現代では本妙寺火元引受説のために、振袖事件の話を広めたと言われています。

この『明暦の大火』では、天守を含む江戸城や多数の大名屋敷、市街地の大半を焼失し、死者数は3万~10万と記録されています。

日本史上最大の火災であり、ローマ大火ロンドン大火明暦の大火世界三大大火としても数えられているそうです。

この大火のなか、牢屋奉行だった石出吉深(いしで よしふか)は牢屋に囚われ火災から逃げることのできない囚人たちを独断で解放しました。

この時に吉深は、『大火から逃げおおせたなら必ず戻ってくるよう』伝えました。
囚人たちは涙を流して吉深に感謝し、後日約束通り全員が戻ってきました

これに吉深は義理堅いこと天晴れと感心し、幕府に減刑を求め囚人全員は減刑されました。

タイトルとURLをコピーしました